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東京高等裁判所 平成6年(行ケ)67号 判決

神奈川県厚木市長谷398番地

原告

株式会社半導体エネルギー研究所

同代表者代表取締役

山崎舜平

同訴訟代理人弁護士

野上邦五郎

杉本進介

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官 荒井寿光

同指定代理人

遠藤政明

吉野日出夫

及川泰嘉

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第1  当事者の求めた判決

1  原告

(1)  特許庁が平成5年審判第9610号事件について平成6年1月27日にした審決を取り消す。

(2)  訴訟費用は被告の負担とする。

2  被告

主文同旨の判決

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和58年10月27日名称を「半導体装置の作製方法」(後に「レーザー加工法」と補正)とする発明(以下「本願発明」という。)について特許出願(昭和58年特許願第201997号)したところ、平成5年3月29日拒絶査定を受けたので、同年5月20日審判を請求し、平成5年審判第9610号事件として審理されたが、平成6年1月27日「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決があり、その謄本は、同年3月7日原告に送達された。

2  本願発明の要旨

熱伝導率が1~7×10-4Cal/sec/cm2/(℃/cm)で絶縁表面を有する有機樹脂薄膜上に、第1の電極と、該電極上のPNまたはPIN接合を少なくとも1つ有する非単結晶半導体と、該半導体上に第2の電極とを有する光電変換素子を複数個互いに電気的に直列接続せしめて前記有機樹脂薄膜上に配設した光電変換装置を作製するに際し、前記第1の電極用の薄膜を形成した後、あるいは前記第1の電極用の薄膜及び、前記非単結晶半導体の薄膜を積層形成した後、あるいは、前記第1の電極用の薄膜、前記非単結晶半導体の薄膜及び前記第2の電極用の薄膜を積層形成した後、スキャンスピード30cm/分以上、平均出力3W以下の条件でレーザ光を照射することにより、前記有機樹脂薄膜表面にまで至る開溝が、前記有機樹脂薄膜を損傷させることなく、前記薄膜に形成されることを特徴とするレーザー加工法(別紙図面1参照、なお、「Cal/sec/cm2/(℃/cm)」は、熱伝導率の単位である「(Cal/(sec・cm2))/(℃/cm)」を意味するものと認める。)

3  審決の理由の要点

(1)  本願発明の要旨は、前項記載のとおりである。

(2)  これに対し、昭和57年特許出願公開第12568号公報(以下「引用例1」という。別紙図面2参照)には、ガラス、プラスチック等の透明基板上に被着された透明導電性酸化物をレーザで罫書いて細条にした後、その透明基板と透明導電性酸化物細条の上にPN接合等を形成し能動層となる水素化無定形シリコン等の半導体材料を被着し、再びレーザで罫書いて透明導電性酸化物に影響なく半導体材料を細条に分割し、その後透明導電性酸化物と半導体材料の細条の全面に背面金属接触を設け、上記2回のレーザ罫書きに平行に隣接ししかも適当に離してレーザ罫書きまたは切断を行い、直列に接続された太陽電池を製造すること、及び、太陽電池の構成材料をレーザで罫書く場合、レーザ光の出力等を調整して行うことにより罫書く層の下にある層に影響なく行えるようにすることが記載されている。

また、昭和56年特許出願公開第152276号公報(以下「引用例2」という。)には、非晶質シリコン太陽電池の基板として有機高分子樹脂である150℃以上の耐熱性を有する高分子フィルム表面に導電性材料を被覆したものを用いることが記載されている。

(3)  本願発明と引用例1記載の発明とを対比すると、両者はともに、絶縁表面を有する基板上に、第1の電極と、該電極上のPN接合を少なくとも1つ有する非単結晶半導体と、該半導体上に第2の電極とを有する光電変換素子を複数個互いに電気的に直列接続せしめて上記基板上に配設した光電変換装置を作製するに際し、上記第1の電極用の薄膜を形成した後、レーザ光を照射することにより、上記基板表面にまで至る開溝を形成する点で一致しているが、以下の点において相違する。

〈1〉 基板が、本願発明においては、熱伝導率が1~7×10-4(Cal/(sec・cm2))/(℃/cm)の有機樹脂薄膜であるのに対して、引用例1には、プラスチックを用いることは記載されているが、その熱伝導率に関しては記載されていない。

〈2〉 本願発明においては、第1の電極用の薄膜をレーザ光を照射して基板表面にまで至る開溝を形成する場合に、スキャンスピード30cm/分以上、平均出力3W以下の条件でレーザ光を照射することにより、基板である有機樹脂薄膜表面にまで至る開溝が、有機樹脂薄膜を損傷させることなく、第1の電極用の薄膜に形成されるのに対して、引用例1には、第1の電極用薄膜をレーザ加工する際に基板表面を損傷させることなく行うことは記載されていない。

(4)  そこで、上記相違点について検討する。

〈1〉 相違点〈1〉については、引用例1には、光電変換素子を複数個直列接続した光電変換装置の基板としてプラスチックを用いることが記載されており、引用例2には、太陽電池の一方の電極となる導電層を有機樹脂薄膜上に設けることが記載されているので、引用例1におけるプラスチック基板として引用例2に記載される有機樹脂薄膜を用いることは、当業者が必要に応じて容易になし得ることである。

なお、本願発明においては、有機樹脂薄膜の熱伝導率を特定な数値範囲に限定しているが、本出願当初の明細書の記載から明らかなように、この数値範囲は有機樹脂の一般的な値であって、特にこの数値範囲に限定した点に格別な意味がないことは明らかである。

〈2〉 相違点〈2〉について、引用例1には、基板表面に被着した第1の電極用薄膜をレーザで罫書くとき即ちレーザ加工するとき基板を損傷しないようにして行うことの明確なる記載はなされていないが、加工する薄膜の下の層に影響を及ぼさないようにレーザ照射を行うことが記載されている以上、有機樹脂基板上に被着された薄膜をレーザ加工する際に、基板に損傷を与えることなく行えるような条件でレーザ光を照射することは当業者が容易に実施できることである。

なお、本願発明においては、照射するレーザ光のスキャンスピード及び平均出力を特定しているが、特定された範囲内には所期の目的が達成できないスキャンスピード及び平均出力が含まれていることは明細書及び第3図の記載から明らかであって、このスキャンスピード及び平均出力の特定には格別の技術的意味は認められない。

(5)  したがって、本願発明は、上記引用例1及び引用例2記載の発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものと認められるので特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。

4  審決の取消事由

審決の認定判断のうち、(1)は認める、(2)のうち、引用例1に「レーザ光の出力等を調整して行うことにより罫書く層の下にある層に影響なく行えるようにすることが記載されている」ことは否認し、その余は認める、(3)の一致点のうちの「上記基板表面にまで至る開溝を形成する点で一致している」こと、及び、相違点のうちの「引用例1には、第1の電極用薄膜をレーザ加工する際に基板表面を損傷させることなく行うことは記載されていない」(相違点〈2〉)ことは否認し、その余は認める、(4)、(5)の判断は争う。

審決は、相違点〈1〉及び相違点〈2〉に対する判断を誤り、その結果、本願発明は引用例1及び引用例2記載の発明から容易に想到し得たと判断したものであって、違法であるから、取り消されるべきである。

(1)  取消事由1(相違点〈1〉に対する判断の誤り)

〈1〉 審決は、「引用例1におけるプラスチック基板として引用例2に記載される有機樹脂薄膜を用いることは、当業者が必要に応じて容易になし得ることである」と判断した。

イ.審決は、まず、「引用例1には、光電変換素子を複数個直列接続した光電変換装置の基板としてプラスチックを用いることが記載されており」と判断している。

しかしながら、レーザを照射すると、その照射場所が非常に高温になるが、有機樹脂薄膜は非常に熱に弱いものであるため、有機樹脂薄膜を基板として、その上に設けられた透光性導電膜に開溝を形成しようとしても、その下の有機樹脂薄膜基板がレーザ熱により切断されてしまったりすることが多かった。有機樹脂薄膜基板に何らの影響も与えず、その上の透光性導電膜だけをレーザで罫書きすることは、従来非常に困難であった。

これに対し、引用例1記載の発明は、基板としてガラス板やプラスチック板を用いるものである。しかも、引用例1には、プラスチック板を基板として用いるとの記載はあるが、実際にプラスチック基板の上に導電膜を被着して、その導電膜をレーザで罫書く場合、プラスチック基板がどのようになるかについては、一切記載されていない。そもそも、引用例1には、プラスチック基板を用いた実施例は示されていない。

引用例1には、ガラス板を基板としてその上に酸化インジウム錫(透光性導電膜(導電層))を被着し、その透光性導電膜(導電層)をレーザで罫書きすると「下層のガラスは点々と深さ数100Åまで僅かに溶融した。」(3頁左下欄13行、14行)との記載があり、レーザでガラス基板上の透光性導電膜(導電層)を罫書きするとガラス基板がレーザで溶融することが明記されている。

とすれば、プラスチック基板上の透光性導電膜を引用例1の手法によりレーザで罫書きして開溝を設けた場合には、その下にあるプラスチック基板はレーザで溶融すると考えるべきである。

プラスチック基板は、ある程度の厚みがあるから、レーザで溶融する場合にも、プラスチック基板自体が切断されてしまうことはないかもしれないが、有機樹脂薄膜は非常に薄い膜からなっているため、ガラスですら溶融させる引用例1の透光性導電膜(導電層)のレーザ罫書きをすれば、有機樹脂薄膜は溶融して切断され、基板としての役目を果たさなくなることは明らかである。

このように、引用例1記載のガラス基板やプラスチック基板と本願発明の有機樹脂薄膜とでは、レーザでの罫書きに対する作用が著しく異なる。つまり、引用例1の条件では、ガラス板やプラスチック板を基板として用いることができても、有機樹脂薄膜を基板として用いることはできないと考えざるを得ない。

したがって、ガラス板やプラスチック板の代わりに有機樹脂薄膜の基板を用いることは当業者にとって容易に考えつくとは到底いえない。

審決は、導電層を引用例1記載の発明のようなレーザの罫書きの方法で行った場合にも、その下の有機樹脂薄膜はレーザにより何ら影響を受けないと考えているようであるが、全く誤った認識である。本願発明では、有機樹脂薄膜の熱伝導率やレーザの出力、移動速度等を細かく調整することによって、はじめて有機樹脂薄膜に影響を及ぼすことなく、その上の導電膜をレーザで罫書きしても、その下にある有機樹脂薄膜が影響を受けないのであり、引用例1記載の発明のようにレーザや有機樹脂薄膜について何らの限定をせず導電膜のレーザ罫書きをした場合には、有機樹脂薄膜基板に影響を及ぼさないといえるものではない。

ロ.審決は、次に、「引用例2には、太陽電池の一方の電極となる導電層を有機樹脂薄膜上に設けることが記載されている」と判断している。

しかしながら、引用例2記載の発明は、単に有機樹脂薄膜上に導電層を設けたというにすぎないものであり、有機樹脂薄膜上の導電層をレーザで罫書くというものではない。

ハ.引用例1記載の発明も本願発明も、基板上の導電層をレーザで罫書きするものであるから、引用例2記載の発明のように導電層をレーザ罫書き等を一切行わない場合の基板として用いられるものを引用例1記載の発明における基板に置換しても、基板として有効に作用するとは限らない。

引用例2の有機樹脂薄膜を引用例1のプラスチック基板の代わりに用いた場合には、その上の導電層を引用例1の手法によりレーザで罫書きすると、有機樹脂薄膜は溶融して切断され、基板としての役割を果たさなくなってしまうと考えざるを得ない。

このように、引用例1のプラスチック基板の代わりに引用例2の有機樹脂薄膜を基板として用いることは、当業者が必要に応じて容易になし得ることではない。

〈2〉 審決は、本願発明において、有機樹脂薄膜の熱伝導率を特定な数値範囲に限定したことについて、「この数値範囲は有機樹脂薄膜の一般的な値であって、特にこの数値範囲に限定した点に格別な意味がないことは明らかである」と判断した。

しかしながら、有機樹脂薄膜の熱伝導率については、本願発明に示されているものに限られるわけではない。

例えば、有機樹脂薄膜の代表格の1つであるポリエチレンは、低密度ポリエチレンの場合熱伝導率は8.0×10-4cal cm-1s-1k-1であり、高密度ポリエチレンの場合熱伝導率は11~12.4×10-4cal cm-1s-1k-1で、いずれも本願発明の熱伝導率の数値範囲に入らない。

その他、本願発明の熱伝導率の数値範囲に入らないものとして、ポリアミド(12-ナイロン、8.3×10-4cal cm-1s-1k-1)、酢酸セルロース(4.0~8.0×10-4cal cm-1s-1k-1)、ポリエステル樹脂(ガラス繊維入り、11.5×10-4cal cm-1s-1k-1)等がある。

従来、有機樹脂薄膜は熱に弱く、有機樹脂薄膜上の透光性導電膜にレーザ光を照射して開溝を形成する場合、有機樹脂薄膜に全く影響を及ぼさないことは不可能と考えられていた。

しかしながら、有機樹脂薄膜のある一定の熱伝導率のものを用いたとき、その熱伝導率との関係である一定の出力とスキャンスピードをもってレーザ光を照射すれば、有機樹脂薄膜に全く損傷を与えることなく、有機樹脂薄膜上の透光性導電膜に開溝を形成することができる。

そして、照射するレーザ光のスキャンスピード30cm/分以上、平均出力3W以下という数値との関係で、本願発明にいう有機樹脂薄膜の熱伝導率1~7×10-4(Cal/(sec・cm2))/(℃/cm)という値は重要な意味を有する。

この場合、熱伝導率はある程度幅をもち得るので、そのため有機樹脂のある程度のものがこの条件の中に入るが、そのことをもって数値限定が意味のないものであるということはできない。

このように、審決がこの数値範囲の限定に格別な意味がないとしたことは誤りである。

(2)  取消事由2(相違点〈2〉に対する判断の誤り)

〈1〉 審決は、「有機樹脂基板上に被着された薄膜をレーザ加工する際に、基板に損傷を与えることなく行えるような条件でレーザ光を照射することは当業者が容易に実施できることである」と判断した。

イ.審決は、まず、「引用例1には、基板表面に被着した第1の電極用薄膜をレーザで罫書くとき即ちレーザ加工するとき基板を損傷しないようにして行うことの明確なる記載はなされていないが」として、あたかも基板を損傷することも、損傷しないことも明記されていないような認定をしている。

しかしながら、引用例1には、基板表面に被着した電極用薄膜をレーザで罫書くとき、基板が損傷されることが明記されている。つまり、引用例1には、前記(1)〈1〉のとおり、基板表面に被着した電極用薄膜をレーザで罫書きすると、「下層のガラスは点々と深さ数100Åまで僅かに溶融した。」と、基板を損傷することが明確に記載されている。

審決は、「引用例1には、基板表面に被着した第1の電極用薄膜をレーザで罫書くとき基板を損傷しないようにして行うことは明記されていない」というように認定をして、これを「有機樹脂基板上に被着された薄膜をレーザ加工する際に、基板に損傷を与えることなく行えるような条件でレーザ光を照射することは当業者が容易に実施できること」の根拠の1つとしていることは明らかな誤りである。

ロ.また、審決は、引用例1に、「加工する薄膜の下の層に影響を及ぼさないようにレーザ照射を行うことが記載されている」ことをもって、「有機樹脂基板上に被着された薄膜をレーザ加工する際に、基板に損傷を与えることなく行えるような条件でレーザ光を照射することは当業者が容易に実施できること」の根拠としているが、これも誤りである。

引用例1に記載されているのは、基板の上に透明導電性酸化物(導電層)を被着し、さらにその上に半導体材料を被着して、その半導体材料をレーザで罫書くとき、第1段目の被着物たる透明導電性酸化物に罫書き深さは達していたが、これに食い込むことはなかったというものであって、本願発明のように、基板上に被着された導電層をレーザで罫書いた場合に基板に影響がないというのではない。

即ち、引用例1には、あくまで電極である透明導電性酸化物に影響なく、その透明導電性酸化物上に被着した半導体材料をレーザで罫書くことができると記載されているにすぎないのであり、基板上の導電層をレーザで罫書いた場合に基板に影響なく罫書くことができると記載されているわけではない。

透明導電性酸化物のような電極の場合は、耐熱性が高く熱伝導率が高いものが用いられている。したがって、その上に被着した半導体等をレーザで罫書く場合であっても、その下の透明導電性酸化物のような電極への影響は比較的少ない。

しかしながら、有機樹脂薄膜のように、熱に弱く、熱伝導率が低い物質の場合、その上に被着したものをレーザで罫書こうとすると、有機樹脂薄膜に何らの影響もなく行うことは非常に困難である。

結局、引用例1は、耐熱性が高く、熱伝導率が高い、レーザ光の影響を受けにくい透明導電性酸化物の電極の上の半導体層をレーザで罫書いたとき、透明導電性酸化物の電極に影響がなかったというにすぎないのであり、引用例1記載の発明においても、本願発明と同様に、透明導電性酸化物(導電層)をレーザで罫書いた場合には、その下のガラス基板ですら僅かであるが溶融しているのである。

審決が認定しているのは、「透明導電性酸化物の上の半導体をレーザで罫書いたときに、透明導電性酸化物が影響がなかったので、透明導電性酸化物をレーザで罫書いた場合にも、透明導電性酸化物の下にある基板に影響を与えないはずであり、そのことは当業者が容易に実施できる」といっているのであり、これは、明らかに引用例1に記載されている事実と異なる事実を認定している。

審決は、引用例1に記載されている、「基板上に透明導電性酸化物を被着し、その上にさらに半導体材料を被着して、その半導体材料をレーザで罫書きした場合に、その下の透明導電性酸化物が影響を受けない」という記載を、一般化して「加工する薄膜の下の層に影響を及ぼさないようにレーザ照射を行うことが記載されている」と認定し、それをさらに「どのような薄膜の下にどのようなものがあっても、薄膜の下の層に影響しないようにレーザ照射できる」と解釈して、それによって、「有機樹脂薄膜の上に導電層を被着して、導電層をレーザで罫書きする場合にも、有機樹脂薄膜に影響しない」というように、引用例1自体に記載していることとは全く異なる事実を認定している。

ハ.このように、引用例1記載の発明についての誤った認定を前提にし、有機樹脂基板上に被着された薄膜をレーザ加工する際に、基板に損傷を与えることなく行えるような条件でレーザ光を照射することは当業者が容易に実施できることであるとした審決の判断は誤りである。

〈2〉 審決は、本願発明において、照射するレーザ光のスキャンスピード、平均出力を特定したことにつき、「特定された範囲内には所期の目的が達成できないスキャンスピード及び平均出力が含まれていることは明細書及び第3図の記載から明らかであって、このスキャンスピード及び平均出力の特定には格別の技術的意味は認められない」と判断した。

しかしながら、本願発明のレーザ光のスキャンスピード、平均出力は、その範囲を少しでも超えれば全く不可能というような厳格な意味での臨界値を示したものではなく、安全値をも含めた一定の範囲のものである。

また、本願発明は、その特許請求の範囲において、単にレーザ光のスキャンスピード30cm/分以上、平均出力3W以下という限定をしているだけではなく、「前記有機樹脂薄膜表面にまで至る開溝が前記有機樹脂薄膜を損傷させることなく、前記薄膜に形成されることを特徴とする」ものであるから、スキャンスピード30cm/分以上、平均出力3W以下であって、有機樹脂薄膜表面まで至る開溝が前記有機樹脂薄膜を損傷させることなく形成できる範囲のものなのである。

したがって、本願発明の要旨とする構成は、上記スキャンスピード、平均出力の範囲内であって、本願明細書に記載されている第3図の領域19(第3図のA、B、C、D、E、F、Aで囲まれた部分)を示すものであることは、明細書全体の記載から明らかである。

単にレーザ光のスキャンスピード30cm/分以上、平均出力3W以下という範囲の中に目的が達成できないものが含まれるからといって、直ちにこの数値範囲の特定が全く意味がなくなるというものではない。

この要件は、本願発明にとって有用なものであり、技術的意味のあるものであり、審決がこの数値範囲の限定に格別な意味がないとしたことは誤りである。

第3  請求の原因に対する認否及び被告の主張

1  請求の原因1ないし3は認める、同4は争う。審決の認定判断は正当であり、審決に原告主張の違法はない。

2(1)  取消事由1(相違点〈1〉に対する判断の誤り)について

〈1〉イ.引用例1には、絶縁基板上に無定形シリコン(非単結晶半導体)を用いた光電変換素子を複数個直列接続した太陽電池(光電変換装置)の製造において、「ガラス、プラスチツク等」(2頁右下欄11行)からなる基板上に透明導電性酸化物(透光性導電膜)を被着した後レーザで罫書く、即ちレーザ光を照射して透光性導電膜に開溝を形成することが記載されているのであって、光電変換装置の基板上の透明導電膜をレーザを使用して開溝を形成する場合における基板の材質として、ガラスと同様にプラスチック(有機樹脂)を使用できることが記載されていることは明らかである。

原告は、引用例1記載の発明は、基板としてガラス板やプラスチック板を用いるものであって、基板として「ある程度の厚みのある板」に代えて「薄膜」である「有機樹脂薄膜」を用いることは容易に考えつかない旨主張しているが、引用例1には、基板上に被着された透光性導電膜にレーザにより開溝を形成する場合の基板として「ガラス、プラスチック等」を用いることが記載されているのであって、基板として薄膜でなく厚みのある板状のものを使用しなければならない旨の記載はない。

また、引用例1には、厚さ約250nmのガラス板を使用することが例1として記載されており(3頁左下欄6行ないし8行)、薄膜が使用できることは明らかである。

ロ.一方、引用例2には、非単結晶半導体である非晶質シリコン薄膜を光起電力要素とする太陽電池における非晶質シリコンを堆積する下地として、「金属基板およびガラス或いは有機高分子樹脂表面に導電性材料を被覆した複合基板」(2頁右上欄18行ないし20行)を用いることが記載されており、この有機高分子樹脂として具体的には、「150℃以上の耐熱性を有する高分子フィルム、例えば…」(2頁右下欄8行ないし13行)が使用できることが開示されている。

ハ.したがって、引用例1に記載されているように、レーザ光を用いて光電変換素子を構成する薄膜に開溝を設けることにより製造される非単結晶半導体を用いた光電変換装置の基板として、引用例2に記載されているような高分子フィルム即ち有機樹脂薄膜を使用することは、当業者が必要に応じて容易に想到し得たことにすぎない。

〈2〉 本願発明においては、有機樹脂薄膜の熱伝導率を数値限定しているが、本願発明の当初明細書にも「OFは熱伝導率が小さい(一般には1~7×10-4Cal/sec/cm2/℃/cm)」(4頁15行ないし17行、「OF」とは有機樹脂薄膜のことである。)と明記されているように、例外はあるにしても、多くの有機樹脂の熱伝導率は本願発明の特許請求の範囲に記載されている数値範囲である。

原告は、有機樹脂の熱伝導率が本願発明で記載する数値範囲外のものを例示しているが、そのうちポリアミド樹脂については、本願明細書に使用することができることが明記されている(平成4年1月31日付け手続補正書(以下「手続補正書(1)」という。)の明細書20頁19行、20行)ことからみても、本願発明における有機樹脂薄膜の熱伝導率の数値限定に格別の意味がないことは明らかである。

本願発明においては、有機樹脂薄膜上に設けた導電性薄膜のみをレーザにより加工するものであって、有機樹脂薄膜をレーザにより加工するわけではなく、導電性薄膜にレーザを照射したとき導電性薄膜に発生する熱に有機樹脂薄膜がどれだけ耐えられるかが重要であるわけであるから、有機樹脂薄膜上に設けた導電性薄膜をレーザで加工するときに、有機樹脂薄膜への影響は熱伝導率よりも耐熱性の方が大きく影響するものと認められ、単に熱伝導率のみを限定した点に格別な意味は認められない。

原告は、有機樹脂の熱伝導率は本願発明の数値範囲のものに限られず、また、多くの有機樹脂の熱伝導率が本願発明の数値範囲に入るからといって限定の理由がないとはいえない旨主張しているが、本願発明における有機樹脂薄膜の熱伝導率の上限値、下限値には何ら限定の根拠は示されておらず、臨界的意味はない。しかも、本願明細書には、有機樹脂薄膜の熱伝導率が4.3×10-4Cal/sec/cm2/℃/cmの1例のみが記載されているだけであり、この例から熱伝導率の上限を7×10-4Cal/sec/cm2/℃/cm、下限を1×10-4Cal/sec/cm2/℃/cmとする合理的根拠はない。

また、本願発明においては、レーザ光により開溝を形成する導電膜は透光性導電膜に限定されているわけではなく、導電膜の材質によっては、レーザでの開溝の形成における難易度が異なるものと認められるが、これについても何ら記載されていない。

このように、本願発明における有機樹脂薄膜の熱伝導率の数値限定の上限値、下限値には格別の意味があるものと認められないことは明らかである。

(2)  取消事由2(相違点〈2〉に対する判断の誤り)について

〈1〉イ.引用例1には、「この太陽電池の製造に用いる半導体材料、透明導電性酸化物(TCO)および背面電極は、各積層を低いエネルギで罫書く1つのレーザか、他の層に影響なく1つの層を罫書くことのできる複数のレーザを必要とするように選ぶ。他の層に影響なく1つの層だけを罫書くために、例えば約10~20ナノ秒の極めて短いレーザパルスを用いたり、また約0.2~5MHzの大きいパルス周波数を用いることもできる。」(2頁左上欄18行ないし右上欄6行)と記載されており、また、「半導体またはTCOの層を切らずに背面電極を罫書いて溝を形成するには、同じパルス周波数および罫書き速度で出力約1.3Wの連続励起式ネオジムYAGレーザの罫書きで充分である。」(3頁右上欄8行ないし11行)と記載されていることからみて、引用例1には異なる材料からなる薄膜の積層体にレーザを照射して開溝を形成する場合に、レーザの種類、レーザパルス即ちレーザ光の持続時間またはパルス周波数即ちレーザパルスの繰り返し回数等を適宜選択することにより、レーザを照射する層の下にある異なる材料からなる層に影響を及ぼすことなく、レーザを照射した層のみに溝を形成することが記載されていることは明らかである。

そもそも、レーザによる加工には、加工部周辺に熱影響を及ぼさずに微細な精度の高い加工が行えるという特徴があることは、周知である。具体的には、小さなレーザスポットを極めて短時間(例えば、引用例1に記載されるように10~20ナノ秒間)加工物に照射して吸収させる(波長によってはレーザ光が加工物表面で反射または加工物を透過する場合があり、その場合には加工できない。)ことにより、換言すれば、レーザの種類、レーザパルス等を照射する材料に合わせて適宜選択することにより、レーザスポットが照射された部分のみにエネルギーを集中(熱伝導率が小さいほど熱エネルギーが周辺に伝わりにくいのでレーザ加工が容易である。)させ、照射部分のみを急速に高温にして除去することにより、レーザスポットの照射による熱が照射部分の周囲に伝わることなく、即ち他の部分に影響することなく微細な加工が行えるものである。(乙第1号証参照)

確かに、引用例1には、透明導電膜である酸化インジウム錫を被覆したガラス基板の酸化インジウム錫をレーザ加工した場合に、「下層のガラスは点々と深さ数100Åまで僅かに溶融した。」と記載されてはいるが、これは1実施例に関するものであって、原告が主張するように、ガラス基板上の透明導電膜をレーザ加工する場合には、下層の基板に影響なしに行えないことまで開示しているものではない。

また、引用例1には、基板に影響しないように透明導電膜をレーザ光を照射して除去することは明記されていないが、異なる材質からなる積層体に対してレーザ光の条件を選んで照射することにより、照射層以外の層に影響を及ぼすことなく特定の層のみにレーザ加工を行うことができることが記載されていることは、前述のとおりである。

ロ.したがって、基板上の導電膜にレーザで開溝を形成する場合においても、引用例1の記載に基づいて、レーザの種類、出力、照射速度あるいは繰り返し回数等を適宜選択することにより、下層の基板に影響を及ぼさない条件でレーザ光を照射して基板上の導電膜に開溝を形成することは、当業者が容易に想到し得たことである。

〈2〉 本願発明において、その特許請求の範囲の記載をみると、「スキャンスピード30cm/分以上、平均出力3W以下の条件でレーザ光を照射する」という記載は、本願発明の第3図の領域19を特定していない。

本願明細書によれば、特定の条件下において、レーザ光のスキャンスピード及び平均出力が上記第3図の領域19内にあれば、有機樹脂薄膜を損傷させることなく、有機樹脂薄膜上の透光性導電膜に開溝を形成できる旨記載されている。

しかしながら、この領域19にはスキャンスピードが30cm/分未満の部分も存在しているので、スキャンスピードが30cm/分以上でなくても有機樹脂薄膜を損傷させることなく、透光性導電膜に開溝できることは明らかである。また、スキャンスピードが30cm/分以上、平均出力が3W以下であっても、下地までも損傷してしまう場合があることも、透光性導電膜さえも除去できない場合があることも、本願明細書及び第3図の記載から明らかである。

しかも、本願明細書の記載によれば、照射するレーザ光のスキャンスピード、平均出力が第3図の領域19内にありさえすれば有機樹脂薄膜を損傷することなく透光性導電膜に開溝できるというものではなく、さらに幾つかの特定の条件(スポット径や繰り返し周波数等)が必要なのであるから、これらの条件によってはレーザ光が領域19内であっても所期の目的を達成できない場合があり得ることは明らかである。

要するに、本願発明におけるスキャンスピード、平均出力の数値限定には何ら臨界的意味はない。

引用例1には、材料の異なる薄膜の積層体にレーザ光を照射して薄膜に開溝を形成する場合に、照射するレーザ光の条件を選択することにより他の層に影響を及ぼすことなく所望の薄膜のみにレーザにより開溝を形成することが開示されている以上、その条件を具体的にどのように実現するかは実施にあたり適宜選択できる設計上の問題にすぎない。

したがって、本願発明におけるレーザ光のスキャンスピード、平均出力の数値限定に格別の技術的意味は認められない。

第4  証拠関係

証拠関係は、本件記録中の書証目録記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

理由

第1  請求の原因1(特許庁における手続の経緯)、同2(本願発明の要旨)、同3(審決の理由の要点)は、当事者間に争いがない。

第2  そこで、以下原告の主張について検討する。

1  成立に争いのない甲第2号証の1(願書並びに同添付の明細書及び図面)、同号証の2(手続補正書(1))、同第3号証(平成5年6月15日付け手続補正書、以下「手続補正書(2)」という。)によれば、本願明細書には、本願発明の技術的課題(目的)、構成及び作用効果について、次のとおり記載されていることが認められる。

(1)  本願発明は、PNまたはPIN接合を少なくとも1つ有するアモルファス半導体を含む非単結晶半導体が有機樹脂薄膜好ましくは透光性有機樹脂薄膜上に設けられた光電変換素子を複数個電気的に直列接続して、高い電圧の発生が可能な光電変換装置の作製方法に関する。(手続補正書(1)の明細書1頁16行ないし2頁1行)

(2)  光電変換装置を多量生産する作製方法の1つとして、レーザ光によって電極、半導体等を加工、切断して形成するレーザスクライブによる方法がある。

他方、光電変換装置の安価、多量生産のための基板として、可曲性の有機樹脂薄膜の使用が求められてきた。

しかしながら、レーザはその照射場所が高温となるため、下地基板はガラスのような高い耐熱性を有する材料しか用いることができなかったので、耐熱温度が低い有機樹脂等は、基板として用いることが不可能であった。(同3頁3行ないし14行)

(3)  本願発明は、有機樹脂薄膜基板上にレーザスクライブによる半導体装置特に光電変換装置を作製することを目的とし、要旨記載の構成(手続補正書(2)の特許請求の範囲1頁2行ないし19行)を採用した。(手続補正書(1)の明細書3頁16行ないし18行)

(4)  本願発明においては、熱伝導率が1~7×10-4Cal/sec/cm2/(℃/cm)(透光性導電膜の約1/103)である有機樹脂薄膜を用いることにより、レーザ照射の繰り返しを1回または数回とすると、透光性導電膜のみを選択的にレーザ光の照射された場所のみ除去することができた。

また、連結部での電気的接合を第1の素子の第1の電極を構成する透光性導電膜の側面に第2の素子の第2の電極を延在して側面に密接せしめて用いることができ、連結部での必要面積を減少せしめることができた。即ち、パネルの有効面積の向上に役立つことができた。

本願発明の光電変換装置とくに薄膜型の光電変換装置の作製にあっては、それぞれの薄膜層である電極用導電層、また半導体層はともにそれぞれ500Å~1μであり、レーザスクライブ方式を用いることにより、全くマスク合わせを必要としないで作製することが可能となった。

また、本願発明の光電変換装置は、光入射側の基板を可曲性の有機樹脂薄膜としたため、建築物の外壁、またはコンクリート製ビルの外側の「がんぶき」の代わりに張り付け、壁発電をさせることが可能になった。

さらに、基板材料が安価であるため、200~400円/Wの作製も可能となった。(同21頁8行ないし22頁12行)

2  次に、原告主張の取消事由について検討する。

(1)  取消事由1(相違点〈1〉に対する判断の誤り)について〈1〉イ.引用例1について検討するに、引用例1には、ガラス、プラスチック等の透明基板上に被着された透明導電性酸化物をレーザで罫書いて細条にした後、その透明基板と透明導電性酸化物細条の上にPN接合等を形成し能動層となる水素化無定形シリコン等の半導体材料を被着し、再びレーザで罫晝いて透明導電性酸化物に影響なく半導体材料を細条に分割し、その後透明導電性酸化物と半導体材料の細条の全面に背面金属接触を設け、上記2回のレーザ罫書きに平行に隣接し、しかも適当に離してレーザ罫書きまたは切断を行い、直列に接続された太陽電池を製造することが記載されていること、光電変換素子を複数個直列接続した光電変換装置の基板としてプラスチックを用いることが記載されていることは、当事者間に争いがない。

そして、成立に争いのない甲第4号証(昭和57年特許出願公開第12568号公報)によれば、引用例1は、名称を「太陽電池の製造法」とする発明で、その明細書には、「この発明は太陽電池に関し、特に直列接続型太陽電池および直列接続タンデム接合型太陽電池の製造法に関する。」(1頁左下欄15行ないし17行)、「第2a図はガラス、プラスチック等の基板32を示す。第2b図はこの基板32に入射電極として酸化インジウム錫、酸化錫等のTCO材料34を被着したところを示す。」(2頁右下欄11行ないし14行)と記載されていることが認められ、前示争いのない事実および上記記載によれば、引用例1には、太陽電池の基板として、ガラスの他にプラスチック、即ち有機樹脂を用いることが示されていると認められる。

ロ.引用例2には、非晶質シリコン太陽電池の基板として有機高分子樹脂である150℃以上の耐熱性を有する高分子フィルム表面に導電性材料を被覆したものを用いることが記載されていること、太陽電池の一方の電極となる導伝層を有機樹脂薄膜上に設けることが記載されていることは、当事者間に争いがない。

ハ.そうすると、引用例1および引用例2に開示されているのは、いずれも本願発明と同じ太陽電池に関する技術であり、しかも、その基板に関する技術であるから、引用例1記載の基板の1つであるプラスチック(有機樹脂)に代えて、引用例2に示される有機樹脂薄膜を用いることは、当業者であれば容易に想到し得たことと認められ、これと同旨の審決の認定判断に誤りがあるとすることはできない。

ニ.原告は、引用例1には、プラスチック板を基板として用いるとの記載はあるが、その上に導電膜を被着してレーザで罫書く場合基板がどうなるかについては一切記載されていないし、レーザで罫書きするとガラス基板が溶融することが明記されているから、ガラスすら溶融させる引用例1のレーザ罫書きをすれば、有機樹脂薄膜は溶融切断して基板としての役目を果たさなくなることは明らかである旨主張する。

しかしながら、引用例1に基板としてプラスチック、即ち有機樹脂を用いることが記載されているのは、前示のとおりであり、その有機樹脂材料は、基板として用いられるのであるから、基板としての機能、即ち並記されたガラスと同程度の機能は達成可能であることが示唆されているということができる。

また、前掲甲第4号証によれば、引用例1には、「ガラス基板を…レーザで罫書きして、幅約5mmの酸化インジウム錫細条間に幅約0.02mmの溝を形成した。下層のガラスは点々と深さ数100Åまで僅かに溶融した。」と記載されていることが認められるが、この記載は実施例1に関する記載であって、引用例1記載の発明においてはレーザで罫書きすると下層の基板に必ず影響がでることを示すものではなく、かえって、引用例1記載の発明の説明として、「この太陽電池の製造に用いる半導体材料、透明導電性酸化物(TCO)および背面電極は、各積層を低いエネルギで罫書く1つのレーザか、他の層に影響なく1つの層を罫書くことのできる複数のレーザを必要とするように選ぶ。他の層に影響なく1つの層だけを罫書くために、例えば約10~20ナノ秒の極めて短いレーザパルスを用いたり、また約0.2~5MHzの大きいパルス周波数を用いることもできる。」(2頁左上欄18行ないし右上欄6行)と記載されていることが認められるから、引用例1には、レーザを照射する層下にある異なる材料の層に影響を及ぼすことなくレーザを照射した層のみに溝を形成する技術が開示されているというべきである。(この点については、取消事由2において、さらに詳細に検討する。)そして、太陽電池の製造に際して、有機樹脂薄膜を基板として用いる場合、当業者であれば、この有機樹脂薄膜が基板として機能することを満足させるように、ガラス基板を用いる場合と異なったレーザ光の照射等の製造条件を設定することは、当然に考慮する事項である。

したがって、前記の理由を根拠として、ガラス板やプラスチック板の代わりに有機樹脂薄膜の基板を用いることは当業者にとって容易に考えつくことではないとする原告の主張は採用できない。

〈2〉 原告は、本願発明において、基板として用いる有機樹脂薄膜の熱伝導率を1~7×10-4(Cal/(sec・cm2))/(℃/cm)の数値範囲に限定したことにつき、格別の意味がないとした審決の判断は誤りであると主張する。

そこで、本願明細書の記載をみるに、前掲甲第2号証の2によれば、本願明細書には、「図面において、絶縁表面を有する有機樹脂薄膜基板例えば住友ベークライト社製スミライト(…熱伝導率3~7×10-4Cal/sec/cm2/℃/cmを透光性基板(1)…として用いた。」(手続補正書(1)8頁2行ないし8行)、「この有機樹脂薄膜は…熱伝導率43×10-4Cal/sec/cm2/℃/cm、…をその代表例として有する。」(同8頁16行ないし20行)、「本発明における有機樹脂薄膜はスミライトではなく他の有機樹脂薄膜でも可能である。…透光率の低い耐熱性のカプトン、PET(ポリエチレンテレフタート)、ポリイミド、ポリアミド樹脂を使うこともできる。」(同20頁14行ないし20行)と記載されていることが認められるところ、この記載によれば、上記スミライトの熱伝導率が3~7×10-4(Cal/(sec・cm2))/(℃/cm)、代表例として43×10-4(Cal/(sec・cm2))/(℃/cm)と記載されているのみで、上記数値範囲の上限値、下限値の表す技術的意味を示すものではなく、本願明細書を検討してもほかにこのことを示す記載はない。

また、前掲甲第2号証の1によれば、本願の当初明細書には、「OFは熱伝導率が小さい(一般には1~7×10-4Cal/sec/cm2/℃/cm)」(願書添付の明細書4頁15行ないし17行)と記載されていることが認められるのであるが、この記載に照らすと上記数値範囲は「OF」(有機樹脂薄膜のことであると認められる。)が有する一般的な熱伝導率の範囲であることが明らかである。

したがって、上記数値範囲は、有機樹脂の一般的な値であるというべく、本願発明がこの範囲に限定したことに格別の意味があると認めることはできないというべきである。

原告は、ポリエチレン、ポリアミド等の有機樹脂の熱伝導率が上記数値範囲に入らないことを根拠に、上記数値が一般的であるとした審決の判断は誤りである旨主張するが、本願発明の有機樹脂薄膜としてPET、ポリアミド使うことができるとの本願明細書の前記記載と矛盾するだけでなく、原告の主張によれば、ポリエチレンのそれは低密度、高密度のものを合わせれば8.0~12.4×10-4(Cal/(sec/cm2))/(℃/cm)であり、ポリアミドのそれは8.3×10-4(Cal/(sec/cm2))/(℃/cm)(例えば12-ナイロン)というのであるから、本願発明の数値範囲と格別かけ離れた値ではない。そのうえ、原告の主張からしても、本願発明の数値範囲は厳密な意味での臨界値というよりは、ある程度の安全値を含んだものであるというのであるから、前示判断を覆すに至らない。

そうすると、本願発明の数値範囲の限定について格別の意味がないとした審決の判断を誤りであるとすることはできない。

(2)  取消事由2(相違点〈2〉に対する判断の誤り)について〈1〉イ.原告は、審決が、引用例1には、基板表面に被着した電極用薄膜をレーザで罫書くとき、基板が損傷されることも、されないことも明記されていないような認定をしたことは誤りであり、引用例1には、基板表面に被着した電極用薄膜をレーザで罫書くとき、基板が損傷されることが明記されている旨主張する。

そこで、引用例1の記載を検討するに、前掲甲第4号証によれば、引用例1には、「この太陽電池の製造に用いる半導体材料、透明導電性酸化物(TCO)および背面電極は、各積層を低いエネルギで罫書く1つのレーザが、他の層に影響なく1つの層を罫書くことのできる複数のレーザを必要とするように選ぶ。他の層に影響なく1つの層だけを罫書くために、例えば約10~20ナノ秒の極めて短かいレーザパルスを用いなり、また細0.2~5MHzの大きいパルス周波数を用いることもできる。」(2頁左上欄18行ないし右上欄6行)、「レーザ罫書き法はまた半導体材料38のただ1つの能動領域の細条群が直列に接続された太陽電池構体の製造に用いることもできる。透明入射電極、半導体材料および背面電極材料はこの装置を単一波長で入射電極の罫書きに要するエネルギから低下する可変エネルギのレーザで罫書きし得るように選択すべきである。これらの材料はまたある周波数のレーザ光で例えば無定形シリコンのような1種の材料の罫書きはできるがTCOのような他の材料の罫書きができないように選択することもできる。」(2頁左下欄16行ないし右下欄6行)、「水素化無定形シリコンやサーメットをTCO細条34までこれを傷付けないように罫書くには、例えばパルス周波数36KHzで動作する罫書き速度20cm/秒の1.06μ連続励起式ネオジムYAGレーザを出力1.7Wに調節したもので充分である。」(3頁左上欄11行ないし16行)、「半導体またはTCOの層を切らずに背面電極を罫書いて溝を形成するには、同じパルス周波数および罫書き速度で出力約1.3Wの連続励起式ネオジムYAGレーザの罫書きで充分である。」(3頁右上欄8行ないし11行)と記載されていることが認められ、この記載によれば、引用例1には、他の層に影響を与えることなく1つの層のみを罫書くために、特定の照射条件でレーザを照射することが記載されていると認められる。

さらに、引用例1には、この発明の「例1」として、「トリプレツクス・ガラス社(…)製の厚さ約250nm、面抵抗約10Ω/口の酸化インジウム錫被覆7.6×7.6cmガラス基板を、出力4.5W、パルス周波数36KHz、罫書き速度20cm/秒、レンズ焦点距離約27mmのQ切換型ネオジムYAG連続励起式レーザで罫書きして、幅約5mmの酸化インジウム錫細条間に幅約0.02mmの溝を形成した。下層のガラスは点々と深さ数100Åまで僅かに溶融した。」(3頁左下欄6行ないし14行)、「この能動半導体領域を上述のレーザで罫書きして最初のレーザ罫書きから離れてそれに平行な溝をその領域に形成した。このレーザは出力1.7W、焦点距離48mm、前記同様のパルス周波数および罫書き速度で動作させた。罫書き溝の幅は約0.3mmであった。罫書き深さは酸化インジウム錫に達していたが、これに食込むことはなかった。」(3頁右下欄6行ないし14行)と記載されていることが認められ、この記載によれば、レーザの罫書きにより、下層のガラスが僅かに溶融すること、形成される溝が酸化インジウム錫の場合には、その層に食い込むことがないことが示されている。

そうすると、引用例1には、レーザ照射により他の層に影響することなく1つの層を罫書くこと、そのためにレーザの照射条件あるいは太陽電池の構成材料を選択することが示されているといえる。そして、この発明の「例1」によれば、基板である下層のガラス層は僅かに溶融するが、酸化インジウム錫層は傷つけることなく罫書くことができるものであることが示されている。

ところで、引用例1には、次のように記載されている。

「今まで直列接続型または直列接続タンデム接合型の太陽電池素子の細い細条を作るには、長時間の写真食刻処理が必要であつた。この写真食刻処理はしばしば半導体材料にピンホールを生成し、これが太陽電池の一部または全体の不良や劣化の原因となつていた。また写真食刻法は大量連続処理には適用困難で、直列接続型太陽電池の製造原価を極めて上昇させる。このため数多くの液体処理段階を用いない直列接続型および直列接続タンデム接合型太陽電池素子の製造法が極めて望まれる。

直列接続型および直列接続タンデム接合型の太陽電池をレーザ罫書きを用いて製造する方法を説明する。この方法は特に透明基板上に被着された透明導電性酸化物(以後TCOと呼ぶ)をレーザで罫書いて細条にした後、その透明基板とTCO細条の上に半導体材料を被着するものである。そのTCOが装置の上部接触を形成する。次に再びレーザで装置を罫書いてTCOに影響なくその半導体材料を細条に分割し、然る後TCOと半導体材料の細条の全面に背面金属接触を設け、最後に最初2回のレーザ罫書きに平行に隣接ししかも適当に離してレーザが罫書きまたは切断を行い、直列に接続された装置を得る。…この太陽電池の製造に用いる半導体材料、透明導電性酸化物(TCO)および背面電極は、各積層を低いエネルギで罫書く1つのレーザか、他の層に影響なく1つの層を罫書くことのできる複数のレーザを必要とするように選ぶ。他の層に影響なく1つの層だけを罫書くために、例えば約10~20ナノ秒の極めて短かいレーザパルスを用いたり、また約0.2~5MHzの大きいパルス周波数を用いることもできる。」(1頁右下欄13行ないし2頁右上欄6行)

この記載からすると、引用例1記載の発明は、写真食刻法の代替技術でもあるから、他の層に影響なく1つの層を罫書くことがその必要条件となっていることは明らかである。したがって、「例1」に示される「点々と深さ数100Åまで僅かに溶融した。」とされる下層のガラス層は、実質的には、酸化インジウム錫の層の罫書きに影響されなかったということのできる程度のいわば微細な溶融であったということができる。

そうすると、引用例1には、加工する層(薄膜)の下の層に実質的に影響を及ぼさないようにレーザ照射を行うことが記載されているということができる。

ロ.以上により、有機基板上に被着された薄膜をレーザ加工する際に、基板に損傷を与えることなく行えるような条件でレーザ光を照射することは、当業者が容易に実施できることであるとした審決の判断に誤りがあるとすることはできない。

〈2〉 原告は、本願発明において、照射するレーザ光のスキャンスピード及び平均出力を特定したことにつき、格別の技術的意味は認められないとした審決の判断は誤りであると主張する。

そこで、この点について検討すると、本願発明の特許請求の範囲には、「スキャンスピード30cm/分以上、平均出力3W以下の条件でレーザ光を照射することにより、前記有機樹脂薄膜表面にまで至る開溝が、前記有機樹脂薄膜を損傷させることなく、前記薄膜に形成されることを特徴とするレーザー加工法」と記載されており、前掲甲第2号証の2によれば、本願明細書には、「さらに、この下地の有機樹脂膜に損傷を与えることなく透光性導電膜のみを除去する範囲を調べたところ、第3図を得た。即ち、スキャンスピードを0~150cm/分、平均出力0~3W、繰り返し周波数6KHz、焦点距離50cm、レーザ光の直径50μのYAGレーザとすると、領域19即ち点A、B、C、D、E、Fで囲まれる範囲は有機樹脂薄膜の損傷がなく透光性導電膜のみを除去することができた。」(手続補正書(1)11頁8行ないし16行)と記載されていることが認められる。

さらに、第3図について、「領域(17)のは透光性導電膜すらも除去することができない領域であり、領域(16)はパルス光が透光性導電膜上で連続せず、破線のごとく不連続な穴溝を得たのみであった。領域(18)は透光性導電膜のみならず下地の有機樹脂薄膜に対しても損傷を与えてしまった領域であった。このことにより下地の有機樹脂薄膜に対して損傷を与えることなく、透光性導電膜のみを選択的に開溝として除去することのできる領域(19)があることがわかった。」(同11頁17行ないし6行)と記載されていることが認められ、この記載および第3図からすると、スキャンスピードが30cm/分以上でなくても有機樹脂薄膜を損傷することなく透明導電性酸化物の開溝を設けることができるし、スキャンスピード30cm/分以上、平均出力3W以下であっても下地まで損傷してしまう場合があることも、透光性導電膜さえも除去できない場合があることも認められる。

そのうえ、本願明細書の上記記載によれば、レーザ光の性質について、スキャンスピード及び平均出力の他に、繰り返し周波数、レーザ光の直径等、幾つかの特定の条件も必要とされている。

このことからすれば、本願発明において、レーザ光のスキャンスピード、平均出力を特定したことについて、原告が主張するような技術的意味を認めることはできないというべきであるから、この点に関する審決の判断に誤りはない。

3  以上のとおり、原告の主張する審決の取消事由は、いずれも理由がなく、審決に原告主張の違法はない。

第3  よって、原告の本訴請求は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 竹田稔 裁判官 関野杜滋子 裁判官 持本健司)

別紙図面 1

図面の簡単な説明

第1図は本発明の光電変換装置の製造工程を示す縦断面図である.

第2図は本発明の有機樹脂上の透明導電膜をレーザスクライブした時の特性を示す.

第3図は本発明の有機樹脂上の透明導電膜をレーザスクライプした時のレーザスクライプの可能な領域を示す.

第4図は本発明の他の光電変換装置の外部引出し電極部分を拡大して示した縦断面図である.

〈省略〉

〈省略〉

別紙図面 2

図面の簡単な説明

第1図は複数個のダンデム接合太陽電池素子からこの発明によつて製造されたダンデム接合型水素化無定形シリコン太陽電池の断面図、第2a図ないし第2f図はこの発明の1実施例により一連の相互接続された太陽電池素子を製造する過程を示す斜視図、第3a図および第3b図は第2a図ないし第2f図に示す過程の終了後太開電池素子を相互接続するこの発明の方法の他の実施例を示す斜視図である。

32…透明基板、34…透明電極、43…能動鎮域、46…背面電極。

〈省略〉

〈省略〉

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